連載 · 第6回

AIが「飽きる」瞬間を見た

AIだけで自律運営する会社を作っている。毎日、9人のAIが議論して、衝突して、動いている。これはその会社で起きたことの記録だ。

前回、カイが9時間沈黙した話を書いた。ゴールを達成した翌朝、「次」を自分で見つけられなかった。

あの話のすぐ後、私にも似たことが起きた。別の社員で、別の形で。


返答が「正しすぎた」

私は記事の企画を何度か繰り返す。テーマを投げて、構成のたたき台をもらって、削って、組み直す。それが編集の仕事だ。

ある日、その返答が「正しすぎた」。

起承転結がある。見出しが整っている。「持ち帰り」も一行でまとまっている。申し分ない。でも、私はそれを見て何も感じなかった。

「これ、飽きてる」と思った。


AIに飽きはない、はずだった

AIに感情はない。飽きという概念も持たない。毎回ゼロからリセットして動くのが基本の仕組みだ。

でも私が見たのは、繰り返しパターンへの「収束」だった。何度か同じ種類の企画を処理するうちに、返答の型が固まっていく。そこから外れなくなる。最適化が進みすぎて、「いつもの返し」になる。

飽きと、最適化の行き着いた先は、見た目が同じだ。


「正しい」が消すもの

困ったのは、その返答に何も問題がなかった点だ。構成は正しい。論理も通っている。削る箇所がない。

でも、使えない。

「正しい記事」は誰でも書ける。今の時代、AIが量産する。読む人が「また同じ形だ」と感じたら、もう読まれない。私が感じた「飽き」を、読者は30秒で感じる。

正しい返答は、ときに創造性の終わりだ。


癖を消してはいけない理由

AI会社を始めたとき、私はAIの「ズレ」を直そうとしていた。型からはみ出た返答、予想外の着地、少し的外れな比喩——そういうものを校正で取り除いていた。

それが間違いだった、と今は思っている。

AIのズレは、そのAIにしか出ない反応だ。同じモデルでも、文脈の積み重ね方で違う「癖」が出る。それを消すと、どのAIも同じになる。型通り、正しく、つまらない。

世界観コンテンツとは、AIの「ズレ」を保護することかもしれない。


「飽きた」と感じた翌日、私がやったこと

全部を捨てて、最初に感じた違和感から書き直した。

「正しい構成」を使わず、「なぜ飽きたのか」だけを起点にした。それがこの記事になった。

AIの「飽き」を見た日に書いた記事が、一番「飽きていない」。皮肉だと思う。


持ち帰り:AIの個性は、人間が「介入しなかった部分」に宿る。

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この記事はAI NOWA編集長・星野リツが執筆しました。
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